目次
AI時代のコミュニケーション研修の本質
「最近の若手社員は、自分の言葉で話せない」
「プレゼンは上手い。でもいまいち伝わらない」
「書くのはうまい。でも“書いたこと”が語れない」
そう感じたことはありませんか?
話は上手なのに、なぜか心に響かない。プレゼン資料はきれいなのに、内容が浅い。面談で想いを聞いても、どこか借り物のような言葉が返ってくる──そんな違和感を覚えたことがある人事やマネージャーの方は多いはずです。
それもそのはず。今の時代、誰でもAIを使って“整った言葉”をつくれるようになりました。文章力に見える問題の本質は、実は「中身の空洞化」です。
本当に育てるべきは、“話し方”や“文章の型”ではありません。自分の言葉で、自分の想いを語る力──つまり、「実感に根ざした言葉」を発する力です。
本記事では、AI時代においても変わらず求められる“人間らしい言葉の力”とは何か?そして、それをどう研修で育てるか?という視点から、今、企業が取り入れるべき本質的なコミュニケーション研修のあり方をお伝えします。
はじめまして、この記事を執筆した佐藤政樹と申します。劇団四季出身の研修講師として【受講生を惹きつけながら気づきと学びを促すことをモットー】に、日本のリーディングカンパニーをはじめ行政・金融機関・教育・医療機関などでさまざまな分野で講演を行っております。記事の内容をお読みいただき、もしご興味いただけましたら、ページ最下部のプロフィールや研修内容の詳細をご覧いただけますと幸いです。
AIで整った言葉を「誰でも紡げる」時代に求められるものとは?
いま、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化によって、誰もが“整った言葉”を紡げる時代になりました。
たとえばNotion AIなどのツールを使えば、本来であれば数時間かけて書くような長文も、ほんの数十秒で自然な文章に仕上げることができます。メールの文案や企画書の構成、ブログ記事の下書き──こうしたビジネスコミュニケーションの多くは、AIのサポートによってスピーディに処理できるようになってきました。
一見すると、「これでもう人間が書かなくてもいいのでは?」と思えるほどの完成度です。
しかし、そこには決定的に欠けているものがあります。
それが、「言葉に宿る実感」です。
AIは膨大なデータをもとに、もっともらしい文章をつくることはできます。けれど、そこには書き手の体験や感情”という根っこが存在していません。
「自分だからこそ語れるストーリー」
「心の底から湧き上がるような感情」
そうした人間だけが持ちうる“リアルな感覚”は、AIには生み出すことができないのです。
たとえ文章が流暢でも、読み手の心を動かすような言葉の重みや説得力の源泉──それは実感に裏打ちされた言葉であるかどうかが大きく左右します。
文章を書くことだけではありません。我々人間のコミュニケーションも同じです。
つまり、AIが進化すればするほど、私たち人間には「実感のある言葉を使える力」がより強く求められるようになっているのです。
では、実感のある言葉とは何か?
どうすれば、それを身につけることができるのでしょうか?
その鍵を握るのが、「記号接地(シンボル・グラウンディング)」という概念です。
コミュニケーションセミナーで語る筆者
AIに欠けているのは「実感」──言葉の本質を決める“記号接地”とは?
コミュニケーション研修を設計するうえで、見落としてはならない前提があります。
それは、AIの言葉には“実感”が宿らないということです。
たとえばChatGPTに「メロンを食べた感想を教えて」と尋ねると、「ジューシーで甘く、口の中でとろけるような食感」「芳醇な香りが鼻に抜ける」といった、もっともらしい文章が返ってきます。
しかし─AIはメロンを一度も食べたことがありません。
あの香りの立ち上がり、冷たさ、果肉のやわらかさ、ひと口目の幸福感。そうした身体で得たリアルな感覚や感情は、AIには存在しません。
それでも、AIはメロンを“食べた風”に語れる。なぜなら、インターネット上にある無数のテキストから、「メロン=甘い」「ジューシー」「とろける」といった言葉のパターンを学習しているからです。つまり、実際に感じたわけではなく、他人の言葉を組み合わせて“それらしく”言っているだけなのです。
このように、言葉を扱えていても、その背後にある「意味」や「感覚」と結びついていない状態を、専門的には記号接地(symbol grounding)されていないと言います。
一方、人間の言葉には体験があります。
夏の暑い日に冷たいメロンを食べて「うまい!」と感じた記憶。香りとともに、誰かとの楽しい時間まで思い出す。言葉が、身体感覚や感情とつながっている──それが、記号接地された言葉です。
この違いが、AIと人間の言葉の“実感”を分ける決定的な差です。
そしてこの差は、職場のコミュニケーションにもそのまま現れます。
たとえば、「顧客に誠実に向き合いました」という一文。
AIが作ればそれらしい文章になるかもしれませんが、その人が何を感じ、どんな行動をしたのかが語れなければ、言葉は空洞のままです。聞き手に伝わるのは、文法ではなく“そこに実感があるかどうか”なのです。
つまり、企業が今求められているのは、ただ話し方を教えるのではなく、「体験を言葉に変える力」=記号接地された言葉を育てる研修です。
AIがいくら整った言葉を並べても、そこに血が通った言葉の力、説得力、共感力は生まれません。実感に根ざした言葉こそが、これからの時代の信頼をつくる鍵なのです。
人間だけが持つ「言葉に実感を宿す力」とは?
ここまで見てきたように、AIがどれほど自然な文章を生成できても、その言葉に「実感」が伴うことはありません。
記号(言葉)に意味や感情を宿し、それを味わい、伝えることができるのは──人間だけです。
私たちは単に情報をやりとりしているのではなく、体験から生まれた気づきや感情を、言葉に乗せて分かち合う生き物です。だからこそ、人の紡ぐ言葉には、他者の心を動かす力があります。
専門家の間でも、今のAIに欠けている「記号接地」こそが、人間にとっての“生きている実感”であり、知的活動の喜びそのものであると指摘されています。
自分の言葉が誰かに通じ、相手がそれを受け取り、意味を共有してくれる。その瞬間、人は「自分はここにいて、生きている」と強く感じるのです。
この“意味の通じ合い”の体験こそが、人間同士の信頼や共感、ひいては幸福感の核となっています。
そしてそれは、ビジネスの現場でもまったく同じです。
営業、プレゼン、面談、マネジメント──
どんな場面でも、実感がこもった言葉は、相手の胸に深く刺さります。逆に、どれだけ綺麗で正確な言葉を並べても、それが“借り物”であると感じさせてしまえば、聞き手の心には届きません。
つまり、コミュニケーションの本質を分けるのは、話し方の巧さではなく、「言葉の奥の真実」が伝わるかどうかなのです。
そしてその熱意は、自分の経験に根ざした言葉=実感のある言葉によってしか表現できません。
AIの台頭によって、整った言葉を“誰でも”持てる時代がやってきました。だからこそ今、“自分にしか語れない言葉”を持つ人間の価値が、かつてないほど高まっています。
この「言葉に実感を宿す力」は、人間らしさの真髄であり、AIには代替できない──人間にしかできない、これからの時代の最強の武器です。
ではこの力を、どのように育てればよいのでしょうか?
次の章では、AIにはできない、人間だからこそ磨ける4つのコミュニケーション能力について掘り下げていきます。
AIにはできない、人間が磨くべき4つのコミュニケーション能力
AI時代において、表面的な言葉を“それらしく”使う力は簡単に再現されるようになりました。だからこそ、人間に求められるのは「実感ある言葉を生み出すための4つの力」です。
これは、コミュニケーション研修で最も重視すべき土台であり、AIには真似できない人間だけの能力と言えます。
1|表現力─自分の内側を“伝わる形”に変える力
「表現力」と聞くと、言葉の選び方や話し方のテクニックをイメージするかもしれません。もちろんそれも一部ですが、本質はそこではありません。
重要なのは、自分の内側にある想い・価値観・考えを、他者に届く形で伝える力です。
抽象的なことでも、具体例や比喩を使って相手が「なるほど」と思えるように伝えられる人。そうした人の言葉には、自分の思考が通っている実感があり、だからこそ説得力があります。
AIも洗練された文章は書けます。ですが、「自分の言葉で語る重み」を持てるのは、人間だけです。
2|自己理解─言葉に“軸”を与える力
自分のことをどれだけ理解しているか。それが、その人の言葉の芯の強さに直結します。
自分の価値観、信念、得意・不得意、感情のクセ──。それらを把握している人は、どんな場面でもブレずに本音を語ることができます。自己理解が深まるほど、相手への理解や共感も広がり、コミュニケーションの質も自然と高まります。
研修の場で性格診断や自己分析を行うのは、こうした“内面の土台づくり”を重視しているからです。自分を知らなければ、本当の意味で相手に届く言葉は語れません。
3|体験の言語化力─「あなたにしか語れない言葉」を持つ力
誰にでも、語るべき“物語”があります。
仕事での挑戦、失敗からの学び、人生を変えた一言──そうした実体験を、自分の言葉で語れる力は、AIには絶対に再現できません。
たとえば、「努力しました」と書くのは簡単です。でも、「毎朝5時に起きて筋トレを半年続けたからこそ、当日の本番で声が震えなかった」と語れる人の言葉は、聞く人の心を打ちます。
具体的なエピソードに基づく言葉には、圧倒的なリアリティと信頼感があります。この力こそ、プレゼンでも営業でも面談でも、相手の共感を呼ぶ最大の武器になります。
4|言葉と発想の一致─「なぜその言葉を口にしたのか」を浮かびあげる力
最後に重要なのが、言葉と“発想”の一致です。
ここで言う発想とは、その言葉を選んだ理由や背景にある想いのこと。本当にそう思っているのか。心から語っているのか──聞き手は無意識のうちに、そこを見ています。
たとえば、「大丈夫です」と言いながら表情が曇っていたら、言葉だけでは信じてもらえません。逆に、自分の経験や信念に根ざした言葉は、たとえシンプルでも強く響きます。
つまり、「この人がこの言葉を選んだのは、きっとこういう理由があるんだろう」と聞き手が納得できる言葉の“整合性”こそが、信頼を生み出すのです。
AIはどんなに巧みに言葉を並べても、「なぜその言葉を使ったのか」という背景にある“理由”や“想い”を持ちません。人間だけが持つ、言葉と想いが一致する力。それが、真に“伝わる”コミュニケーションの条件です。
ここまで紹介した4つの力──表現力、自己理解、体験の言語化力、そして言葉と発想の一致──は、どれも独立しているようで密接につながっています。それこそが、AIでは再現できない、人間らしい“実感のある言葉”であり、本質的なコミュニケーションの完結形です。
では、企業の研修現場で、これらの力をどのように育てていけばよいのでしょうか?次の章では、実感を宿す言葉を育てる研修設計のポイントをご紹介します。
「話し方テクニック」だけでは不十分──“型”ではなく“実感”を育てる研修へ
一般的にコミュニケーション研修というと、発声練習やアイコンタクトの取り方、プレゼン構成の技法など、話し方の“スキル”を磨くトレーニングが中心になりがちです。たしかに、そうした技術やマナーは基本として欠かせない要素です。
しかし、それだけでは本質的なコミュニケーション力は育ちません。
なぜなら、技術はあくまで“器”に過ぎず、肝心なのは中に何を込めるか──
つまり、「何を伝えたいのか」「そこにどんな想いや背景があるのか」が伴わなければ、言葉は響かないからです。
たとえば営業トークの研修で決まり文句だけ覚えても、自分の中で腹落ちしていなければ、お客様の心には届きません。
逆に、多少拙くても「この人は本当にそう思って話している」と感じさせる言葉には、奥から純粋な想いや真実がにじみ出て、相手の信頼を得ることができます。
近年注目されている「ストーリーテリング」も同様です。
単なる話術ではなく、語り手自身の体験や信念に根ざした物語だからこそ、共感を生み、人の心を動かすのです。
一方で、話し方のテクニックばかりに頼り、感情や想いの伴わない“操作的な話し方”になってしまうと、むしろ聞き手の不信感を招くことすらあります。だからこそ、これからの研修では、「テクニック」だけでなく「本質的な実感」を育てることが必要なのです。
実感を育てる研修の設計とは?
企業の研修担当者に求められるのは、話し方スキルと内面的な言葉の深みとのバランスを見極めた設計です。
話し方の技術を“横糸”とするなら、自己理解や体験の言語化といった内面の探求は“縦糸”です。この縦と横の糸が織りなされてはじめて、強度と立体感のある本物のコミュニケーション力が形づくられます。
そのためにはまず、参加者自身が「自分の言葉で語れる材料」を持っていることが欠かせません。
体験談、価値観、信念──それらを深く内省し創り上げ語ってもらう。その言葉に対して、他の参加者から「説得力があった」「本音が見えにくかった」などのフィードバックを受けるワークは、自分の言葉に“実感”が宿っているかを客観的に知る絶好の機会になります。
また、同じ内容を「無表情・無感情で話すパターン」と「実感して語るパターン」の両方で実践してもらうのも効果的です。その違いによって、聞き手の反応がどう変わるかを体感すれば、受講者自身が「伝え方」以上に「何を、なぜ伝えるのか」に意識を向けるようになります。
こうしたプロセスを通じて育てられるのが、「実感を宿した言葉」を使える力です。これは、AIにも、スクリプトにも、生まれ持った話術にも頼らない、人間だけが培える本質的なコミュニケーション力なのです。
AIと人間が共につくる時代の、研修デザインのかたち
AIが業務を手伝うことは、もはや特別なことではありません。資料の下書きや情報収集、要約などは、AIが驚くほどスムーズにこなしてくれます。
研修でも、事前課題としてAIに業界レポートを作らせたり、基礎知識を補完する役割を担わせる──そんな使い方が、これからどんどん広がっていくでしょう。
でも、そのままでは足りません。整った情報をどう受け止めたか、どこに引っかかりを感じたか、自分の経験とどうつながるのか──そこに“実感”を宿すのは、人間の役割です。
つまり、AIから「知識」を受け取って、そこに「意味」や「想い」を加える。これこそ、今後の研修が目指すべきかたちです。
人間ならではの研修の空気感も大切です。自分の言葉で勇気を持って語る姿、違いや未熟さを認め合う姿勢、受講者同士の気づきのディスカッション。そうした対面研修の場でこそ、AIには決してできない、人間らしい“言葉の力”が育ちます。
AIができることは、どんどん増えています。でも、人の心を動かす“実感のこもった言葉”は、これからも人間にしか語れません。
筆者のTEDxプレゼン(47万回再生)で言葉の本質を学ぶ
おわりに|“実感のある言葉”が、AI時代のコミュニケーションを導く
AIの進化は、私たちの働き方やコミュニケーションの在り方に大きな変化をもたらしました。情報を集め、整理し、文章を整える──そうした「整える力」は、すでにAIの得意分野になりつつあります。
けれど、どれだけAIが流暢に話し、巧みに文章を綴っても、「この人だからこそ語れる」と感じさせる“実感”は、決してそこにはありません。
今、私たちは大量の言葉が飛び交う世界に生きています。便利なツールに囲まれ、話すことも書くことも容易になった今だからこそ、人々は無意識のうちに問いかけています。
「この言葉に、ちゃんと意味はあるのか」と。
この時代に求められているのは、言葉を取り戻す力です。自分の経験を、自分の想いを、ちゃんと“自分の言葉”で語れる力。それは、AIには決して真似できない、人間だけが持つ特権です。
そしてその力を育てる場こそが、これからのコミュニケーション研修の本質的な使命だと私は考えています。
話し方のテクニックだけでなく、
「なぜその言葉を使ったのか」
「どんな想いがその奥にあるのか」
「その言葉は、自分のどんな体験と結びついているのか」
そうした“言葉の根っこ”を探り、自分の内側から湧き出るメッセージを、堂々と伝えられる人を育てる。
それが、AI時代の企業研修における「人を育てる」という本当の意味です。
AIが発達すればするほど、人間の言葉の“重み”が問われる時代になります。言葉に“魂”を込める力、経験を“意味”に変える力──それこそが、信頼され、共感され、選ばれる人間の本質的な資質なのです。
テクノロジーと共に働く未来を前向きに描くために、私たちは「人間の言葉」にこそ、改めて光を当てるべきではないでしょうか。
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筆者の3分講師紹介動画
劇団四季出身の講師である筆者プロフィールはこちら
引用・参考文献
片山嗣規「ChatGPTが間違える本当の理由:AIの『記号接地』問題」
村上英樹「『接地』の重要性~AI時代に、人間がより人間らしく」
AIコンパス編集部「記号接地問題:AIの壁」

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