話せば長くなりますが
HPをご覧の皆さん、はじめまして。佐藤政樹と申します。
私は現在教育機関や企業で、
会社の風土や意識改革の講演・研修のお仕事をさせて頂いています。
そんな私のキャリアは他の講師の方々とは、
だいぶ違うユニークな経歴を辿ってきました。
私は劇団四季という、ライオンキングなども上演している劇団で
俳優としてのキャリアを積んできた人間です。
劇団四季といえば、名前を知っている方も多いかもしれませんが、
実際にどんな組織かを簡単にご説明しますと、日本の商業演劇市場の
トップクラスの劇団で歴史も実績もある組織です。
プロ野球で例えるならば、巨人軍のような存在でしょうか。
そのトップクラスの世界で10年間ほど舞台に経ち、
大勢の皆様を感動させるパフォーマンスをしていました。
毎日、多くの人に夢と感動をお届けできる、
本当にやりがいのある仕事だったのですが、
その華やかさとは対照的に、本当に厳しいプロ世界。
プロ野球と同じで、入るのは難しく、長年活躍できるのは一握りなのです。
結果を当然求められ、
成果が出なければ来年の契約が更新できないという
非常にシビアで厳しい中で10年間のキャリアを積むことができ、
最後は主役をさせていただきました。
こう話すと何だか、すごい人のように思えるかもしれませんが、
私は紆余曲折の人生を歩んで来ました。
というのも、私は大学の理工学部を卒業した後、
フリーターになり23歳で劇団四季を目指すことになったのです。
ちょっと、変わった経歴ですよね。
理工学部卒で経験値ゼロ学生が、劇団四季に入るなんて当時、
誰もが「無謀だ」と思ったのです。
そして、なんと入団できたのは27歳でした。
そこからプロの世界で10年です。
そして私は幸運にも現役プロ生活の最後に
主役をやらせて頂くという貴重な機会を得ました。
主役は全責任を負う役割ですから
壮絶なプレッシャーにさらされます。
そのため、1シーズン中の1ヶ月という短い期間でしたが、
10年近く必死になって食らいついたプロ生活の最後の経験が
私の中で非常に大きな財産となりました。
こうして、私の話を簡単にお話すると、
とっても華やかでスゴい人のように思えるかもしれません。
しかし、私の人生はむしろ挫折だらけで
20代は成功とほど遠いような人生だったと思います。
自分で言うのもおかしいかもしれませんが、
かなりの「苦労人」の部類に入るのではないでしょうか。
プロの世界を目指し、
その世界の中で10年のキャリアを積むというのは、
挑戦の連続でした。
挑戦する中で、人から笑われ、バカにされ、何度と無くどん底を味わい、
「もうダメかもしれない」
「もう逃げ出したい」
それでも、なんとか這い上がってやってきました。
こうした、逆境を乗り越える中で
「仕事に対する姿勢」
「自分自身の夢を掴むということ」
「挫折を乗り越える秘訣」
「運や機会を引き寄せる力」
など生きる知恵を身体で体得していたのではないかと思います。
当時の自分はただ愚直に、がむしゃらに、
必死にチャレンジしていただけです。
今は講演家としていろいろなお話をさせていただきますが、
このような経験や私の生き様に共感していただくことが
とても多いように感じます。
また、俳優という、
人を感動させる仕事で培ってきた経験や表現方法やスキルを使って、
「感動を創造する言葉の伝え方」
「深いレベルで伝える力」や
「コミュニケーション」
といったテーマで皆さんに講演や研修などでお話をさせて頂いています。
今は、私の経験やこうした技術を通して、
世の中の多くの人に役に立っていただきたいと思い活動しています。
多くの人が自分のやりたいことや夢に向かって貰える
そんな人を多く増やして行きたいと思っています。
今回は、これから、HPをご覧の皆さんに、
・なぜ私がこのようなキャリアを積むようになったのか
そして
・なぜ今講演や研修のお仕事をしているかについて、
話は長くなりますが、じっくりとお話させて頂きたいと思います。