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国がダイバーシティ経営を謳うように、組織の中に多様な人材を受け入れることはとても大事なことです。多様な人材を受け入れることが、複雑で変化の激しい市場の中で、企業が生き残るために必要なことだからです。しかし、ただ単に属性の異なる人材を組織に入れたからといって、それが企業の成長につながるとは限りません。
筆者はプロの演劇集団である劇団四季(四季株式会社)を卒業後、ルールも出社義務もない経営スタイルをもつ、時代の先をゆくある会社との出会いを通して、本当の意味で多様性を受け入れるとは何かについて知ることができました。そんな私の経験も交えながら「多様性を受け入れる」の本質についてお話ししたいと思います。
本コラムでお話ししたことを少しでも現場で実践していただくことによって、確実に組織は変わっていきます。ぜひ腰を据えてお読みいただければと思います。
多様性がなぜいま求められているのか?
多様性という言葉をよく聞きますが、そもそも多様性はなぜ必要なのでしょうか?おそらくどの企業も「競争力を高めたい」「イノベーションを起こしたい」という意見が多いかと思います。
経済産業省が推し進めているダイバーシティ経営も同じ主旨です。ダイバーシティ経営とは、「多様な人材を活かし、その能力を発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」のこと。
日本は大企業を中心として活力を失っているように感じています。30年前まで、世界の時価総額ランキングで上位10社のうち7社(NTTや興銀など)が日本の企業でした。いまはアメリカのアップルやAmazon、中国のアリババなどが上位を占めており、日本ではトヨタ自動車がようやく43位に食い込んでいるという状態です。
複雑を極める環境の中で企業が成長していくためには、多様な人材を入れることによって、誰も想像できないような化学反応を起こしていくことが求められます。サイボウズの青野慶久社長は、これを「フラスコ理論」と読んでいますが、まさにその通りです。
多様性の本来の意味|ダイバーシティ経営に決定的に欠けている要素とは
筆者は人材育成トレーナーとして多くの企業様の研修や講演をやらせていただいておりますが、その中でも多様な人材を受け入れていかねばと尽力されている企業様もいらっしゃいます。
しかし、「多様な人材を受け入れる=イノベーションが生まれる」と考えるのはいささか違う気がするのです。これまでの日本企業では、メインの働き手が日本人男性でした。女性が役員に登用されるという機会は比較的少なかったです。
そこに対して、女性やシニア層、外国人といった比較的マイノリティな属性の人材の受け皿を増やすことで、イノベーションを起こしていくというのが、ダイバーシティのざっくりとした意図です。
しかし、このダイバーシティ経営の考え方では、多様性を本来の意味で受け入れているとはどうしても思えないのです。同じ組織の中に生まれも育ちも性別も違う、色んなメンバーがいたとしましょう。極端な話、メンバー同士の仲が悪くてギスギスしていたり、いつも憂鬱そうに仕事をしていたとしたら、そこからイノベーションが生まれるでしょうか?そのようなことは決してないはずです。
ダイバーシティ経営の考え方の中には、現状では国籍や年齢、性別などの目に見える属性を大きく取り上げていますが、目に見えない価値観や個性、感情などが置き去りにしているように感じるのです。
たとえば、世の中には男性で企業研修に携わっている人材は、私、佐藤政樹以外にもたくさんいらっしゃいます。しかし、劇団四季出身で一児の父で「世の中で活躍する若手人材の可能性と能力を引き出す」というミッションを持って仕事をしている人間は、この世の中で私ひとりだけです。
男性のシステムエンジニアも世の中にごまんといますが、システムエンジニアの中でもゲームが好きな人間もいれば、人見知りな人間もいるし、人と関わるのが好きな人材もいます。性別、国籍、年齢、経歴などは目に見える属性としてわかりやすいかもしれませんが、好きや嫌い、大切にしているもの、理想のライフスタイルなど、目に見えないものまで含めて、この世の中で同じ人材など一人もいません。
佐藤政樹が出会った多様な個性・価値観を受け入れている5つの会社
筆者が人材育成トレーナーとして活動するようになってから、たくさんの素敵な企業様とご縁させていただくことができました。筆者がこれまでご縁した中で、多様性を本当の意味で受け入れている企業様についてご紹介したいと思います。
①km(国際自動車):女性から新人まで多様な人材の活躍により好業績のタクシー会社
km(国際自動車)といえば、東京都内を中心にタクシーやバス、ハイヤーといった事業を展開されている企業さまです。
タクシー業界に従来から浸透している「キツくて人が定着しにくい職場」という固定観念を覆し、大卒や女性も積極的に採用し、業績を上げ続けています。
ここだけ取り上げると、kmはダイバーシティ経営に成功している企業だなくらいにしか思わないのですが、本質の部分はそこではありません。kmは初めからタクシードライバーに興味のある人材を採用しているわけではないのです。
タクシードライバーに興味がないけれども、稼ぐことができて余暇で趣味の時間も満喫できる。音楽など自分がやりたいことと仕事を両立できる。そうした動機でkmに入社される方もいらっしゃるそうです。
こうした社員一人ひとりの価値観ややりたいこと、目指していることを、否定したり押さえつけたりせずにありのままに尊重する。「自分の存在が受け入れられている」という感覚が、逆に社員の心を惹きつけてやまないのではないかと思っています。
タクシードライバーに初めは興味がなかったとしても、入社してからタクシードライバーとしてのやりがいに目覚め、会社のことが好きになり、定着している社員さんも数多くいらっしゃるとのこと。
kmのタクシードライバーの方々を見ていると、本当にイキイキと仕事をされている様子が伺えるのです。タクシードライバーのようにお客様を相手にする職業で大切なのは、おもてなしの心だと思うのですが、こうした会社から大事にされているという感覚が、お客様のおもてなしの心に表れているのだろうと感じました。
私も企業様向けに接遇研修をやらせていただいておりますが、kmもおもてなしの秘訣が社員のエンゲージメントにあることをいち早く理解されていたのだと思います。
kmの人材に対する考え方は、kmの採用サイトをご覧いただけるとはっきりとわかります。
②Zappos(ザッポス):家族のようなつながりがもたらす高いエンゲージメント
Zappos(ザッポス)といえば、アメリカにある靴の通販を手がける会社です。筆者は2年前に、ラスベガスにあるZappps(ザッポス)の本社を視察したことがあります。ザッポスの組織文化の中に「WOW!という驚きの体験を届ける」とあるのですが、本社を視察してみて文字通り「WOW!」の連続でした。
Zappos(ザッポス)では、働く社員を家族のように大切にしています。それが職場の至るところから感じ取ることができるのです。子どもを会社に連れてくるのもありで、子育て中のお母さんが子供の面倒を見ながら仕事をしている風景もありました。
普段は怒ってばかりの鬼上司も、赤ちゃんやペットのいる前でガミガミ怒ったりしませんよね。赤ちゃんやペットには癒しの効果があるだけでなく、ありのままの自分をさらけ出させてくれる不思議な力があるのですね(ティール組織では「全体性(ホールネス)」という概念で説明されています)。
日本ではどうしても「働く場所」と「住む場所」が明確に切り分けられている会社が多いですよね。そこの垣根すら感じさせませんでした。フルタイムで仕事をがっつりこなしたい人も入れば、家庭や趣味の時間を優先したい人もいますし、人それぞれ会社との距離感は違って当然です。それを「こうあるべき」と会社が一方的に社員に押し付けるのではなく、社員の価値観に寄り添って、それを尊重している印象がありました。
詳しくは、本コラム内のラスベガスにあるZappos(ザッポス)の社内見学ツアーに行ってきましたをご覧いただければと思います。
③パタゴニア:「社員をサーフィンに行かせよう」の背景にある深い愛
Zappos(ザッポス)と同じタイミングで視察に行ったのが、アウトドアメーカーのパタゴニアです。日本でもパタゴニアのファンの方は多いかと思います。
パタゴニアといえば、創業者のイヴォン・シュイナードが書いた『社員をサーフィンに行かせよう-パタゴニア経営のすべて』が有名ですよね。私がパタゴニアを見学に行ったとき、社員が本当に仕事中にサーフィンに行っている光景を目撃して驚きました。
こんなことをしていて仕事は大丈夫なのかな?と心配になりますが、社員をサーフィンに行かせることには、パタゴニアの社員に対する深い信頼があったのです。
サーフィンに行く時間も仕事の時間も自分たちで自由に決める。だからこそ、仕事に対する責任感が生まれる。「この時間はサーフィンに行ってくるから、もし電話があったら代わりに出て欲しい」と他の社員と気軽にコミュニケーションを取れる関係。
パタゴニアの社員たちは、仕事をサボるどころか、自分たちの使命に誇りを持っており、一人の自立した人間ですし、何よりも自然体で会社での生活を楽しんでいました。
自分たちがパタゴニアという会社から丸ごと受け止められているという安心感があるからこそ、パタゴニアが好きでずっと働き続けたいと思われているのでしょう。
④株式会社ウィルフォワード:働く人の志を起点にビジネスをプロデュースする
ここまでご紹介したkm(国際自動車)、ザッポス、パタゴニアといった会社とのご縁をもたらしてくださったのは、株式会社ウィルフォワードとの出会いがきっかけです。
ウィルフォワードは、明確な組織のルールも出社義務もなく、実に多様な人材が集まってできた会社です。映像クリエイターとして企業向けのドキュメンタリー映像をつくる人材もいれば、マラソンランナーとしてアスリートのセカンドキャリアを支援していく女性もいます。まさに世の中の多様性を集約させたような組織でした。
というのも、ウィルフォワードでは関わる一人ひとりの価値観(Will=志ともいう)を起点に、ビジネスをプロデュースしているのです。
しかし、筆者が共感しているのは、そうした多様なバックグラウンドだけではありません。そこでは個々人の意思を尊重する文化があるのです。つまり、自分が何のために生き、何のために働くかを一人ひとりが考え、メンバー同士でそれを共有し合っているのです。
何か雰囲気がザッポスやパタゴニアに近いと思いませんか?それもそのはずです。ウィルフォワードを創業するにあたり、代表の成瀬氏は、世界中にある働きがいのある会社を徹底的に研究した上で、自社の組織文化の中に落とし込んでいるのです。
⑤株式会社アカツキ:目に見えない「心」を大切にしたからこそ飛躍した会社
アカツキという会社をご存知でしょうか?スマホゲームのアプリをはじめ、ライブエクスペリエンス事業として様々なエンターテイメントを提供している企業です。2010年に創業し、創業からおよそ7年で東証一部に上場しました。
この文脈だけだと、IT業界の中の勝ち組くらいにしか思わないのですが、筆者がアカツキに注目しているのはそこではありません。
アカツキでは、目に見える売上・利益よりも人間の心・感情を大切にしているのです。最近、代表の塩田元規さんが『ハートドリブン』(幻冬舎)という本を出されました。
多様性の本質とは「多様な価値観を受け入れること」とお伝えしましたが、アカツキではまさにそれを体現していたのです。人間の価値観や感情は目に見えないから、経済活動の中ではどうしても蔑ろにされがちですよね。アカツキは、むしろ目に見えないものを大切にすることで成長を遂げてきたのです。
感情の中でも、ポジティブ(嬉しいや楽しい)は良しとし、ネガティブ(怒り、悲しみ)はダメとレッテルを貼ってしまう方が多いですよね。しかも、そうした感情を会社の中にもちこむのは、従来ならば難しかったはずです。
しかし、アカツキでは人間の中にあるポジティブもネガティブも丸ごと受け止め、それをメンバー同士で分かち合うからこそ、新たなステージに進むことができるのです。
資本主義経済のなかで蔑ろにされがちだった目に見えないもの。そこを大切にしてきたことが、むしろ大きな成長につながっていることを、アカツキは見せてくれたのです。
ティール組織のようなあたかも生命体のように活動する企業では、こうしたブレークスルーを全体性(ホールネス)という形で表現していますが、アカツキではまさにこの全体性(ホールネス)が組織の中で根付いていると言えるのかも知れません。
塩田さんが書かれた『ハートドリブン』も、興味がありましたらぜひ読んでみてくださいね。
多様性の前提にあるのは「信頼関係」と「個人の自立」
多様性を受け入れる素晴らしい会社をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
多様性を受け入れるとは、ただ単に多様なバックグラウンドを持った人材を雇用するだけではなく、「ありのままのその人を受け入れる」ことと等しいのです。
どのような人生を歩みたいか、そのためにどんな働き方を望むかに耳を傾け、その意思を尊重することだと思います。
会社から自分の存在そのものを受け入れられている安心感があるからこそ、社員も力みなく仕事に打ち込むことができ、本来のパフォーマンスを発揮できますし、そのような環境であれば会社が嫌だから辞めたいと思うことの方が少ないです。
近年、仕事のモチベーションよりもエンゲージメントという概念が注目を浴びています。自分の存在そのものが、会社からそのまま受け入れられているという安心感があるからこそ、その会社のことが好きになり、ずっとその会社で働きたいという気持ちになるのです。
しかし、kmやザッポス、パタゴニアのような企業を目指すのは非常に険しい道のりだと思った方が良いでしょう。なぜならば、前提にあるのは、会社が社員のことを無条件に信じることだからです。皆さまは、社員のことを信じ切れていますでしょうか?「自分たちが管理しないとサボるに違いない」とどこかで思っていないでしょうか?
もう一つ問題があります。それは、会社が一方的に社員に働きかけるだけでは無理があるということです。多くの人々が、会社に管理されることに慣れすぎてしまい、「自分はどうしたいのか」を考えなくなってしまっています。もし今の状態で会社の仕組みだけを変えたとしても、社員さんたちは本当にサボる可能性の方が強いです。
仕組みを変えて行く前に大切なのは、社員の方々をありのままに受け止めることです。自分たちがどのような人生を歩んでいきたいか、そのためにどのように会社と関わっていきたいか社員の方々と対話をするのです。
日本の働きがいのある会社の代表格ともいえるサイボウズも、元は離職率が28%にもおよぶブラック企業でした。それが変わった要因として「100人100通りの人事制度」が取り沙汰されることが多いのですが、背景にあるのは社員の価値観を大切にしたことに他なりません。会社を辞めずに残った社員との対話を繰り返し、どういう働き方をしたいのか一人ひとりの要望を汲み取っていったのです。
実は、前記の株式会社ウィルフォワードでも5つのWill(志)という形で同じような取り組みを行っています。5つのWill(志)とは、健康、経済、人間関係、仕事、やりがいの5つの軸で、自分の人生をどうしていきたいかを考えることです。机上で一人で考えるだけでなく、ウィルフォワードのメンバー同士で自分たちのWillをシェアしていくのです。「こんなこと考えてしまって大丈夫かな?」ということでもありのままにシェアし、それを聞く仲間も丸ごとそれを受け止めます。
私も5つのWillを繰り返すにつれて、人生の軸となるものが太くなっているのを感じています。また、他のメンバーのWillに触れることは、その人のことを深く知り、より好きになることにもつながります。
チームの中でシェアするのも良いですし、サイボウズやヤフーのように1on1で取り組まれるのも良いでしょう。
今まで管理されてきた状態に慣れた人ほど、「自分がどうしたいか?」「どうなっていきたいのか?」「何に喜びを感じるのか?」を導くまでに長い時間がかかることでしょう。そこを粘り強く対話していくことが、多様性を認め合う素晴らしい会社へ変化するための近道ではないでしょうか。
まとめ:多様性の本質は、個の価値観を受け入れること
国が推進する「ダイバーシティ経営」のように、多様な人材を受け入れることは企業のイノベーションにつながる取り組みになるでしょう。しかし、本当の意味で多様な人材を受け入れるならば、自社の人材が本来もっている多様な価値観を受け入れることにあることと思います。
ティール組織や学習する組織が注目されているように、いまは組織のあり方が見直されているように感じます。従来のように経営層の意思決定のもとに、社員は言われた通りにやるだけというやり方には限界があります。VUCAという言葉で表現されるように、複雑で変化の激しい経済環境に柔軟に対応するならば、社員一人ひとりの力を見るだけでなく、組織の力も最大限に発揮していく必要があります。
「本当にそんなことで会社が成り立つのか?」と疑いたくなるかもしれませんが、ザッポスやパタゴニア、アカツキのように大きな組織も成り立っているのです。そこまでの境地に達するのはなかなか難しいかもしれませんが、まずは自社のメンバー同士の対話の機会を設けることからスタートしてみてはいかがでしょうか?
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